ご参考:「バカになったか、日本人」(橋本治著)

1年前に読んだ本ですが、改めて摘み読みした中で、「地方」に絡むテーマが載っていたので、参考までにご紹介します。

著者の橋本治さんは、小説家兼随筆家。処女作「桃尻娘」を皮切りに文筆業に。

古典文学の現代語訳・二次創作にも取り組み、「窯変源氏物語」は有名です。

独特の視点、文体での評論もおもしろく、今回の著作もその一つ。

タイトルは少々過激ですが、内容はなかなか示唆に富んでいます。

『三 第二の戦後が突然やって来た(2011年4月) 【本文 20~34ページから抜粋】
細かいことはさっぱり分からない私だが、見える限りの大雑把なことは分かる。大地震が起こり、津波がやって来て引いた後の映像を見て、「これは戦争の時の空爆の跡と同じじゃないか」とすぐに思った。東京の電車はすぐに動かなくなり、停電が言われ、福島には原発事故もある。寿司詰め列車に停電に放射能となったら、太平洋戦争終結後の日本とおんなじだ。【中略】

「環太平洋ナントカ」のTPPへ参加して自由貿易を進めることを「第二の開国」と言う人が、相変わらず「戦後」という枠組みに縛られていることに、少しばかりあきれた。どう見ても今度の大震災は「戦争の後」だ。本州の三分の一の地域の太平洋岸が壊滅状態になっている。「本州の六分の一が壊滅的被害」というのは、とんでもないことだ。我々はもう一度「戦後の復興」ということを考えなければならない。そしてそれは、かつての「復興」に比べて、より困難なものになる可能性が十分にある。【中略】

太平洋戦争後の日本の復興は、ある意味で単純だった。戦争中の長い耐乏生活があって、廃墟の戦後がやって来た。足りないものを作り出し、増やす――この一直線の道筋を辿って、日本は廃墟から復興し、繁栄へと至った。しかし、今度の復興はそんな単純なものではない。繁栄を達成してしまった後の飽和状態――それが下り坂になっているところからスタートする。「復興の目標となるのは、どのレベルか」ということを考えなければならない。そしてこの「復興」は、被災地だけの問題でない。「日本全体の再構成」を頭に置いた上での復興でなければならないはずだ。その意味で私は、今度の東日本大震災を、太平洋戦争後から始まる「戦後」という規定の枠組みの中に収まるものとは思わない。その「戦後復興神話」から訣別した、新しい時代区分の始まりと位置付けない限り、どうにもならないものだと思う。【中略】

異常気象のせいもあって、その後も自然災害が日本の地方に起った。もう忘れてしまったかもしれないが、三月に大地震が起こる前の今年の冬は、異様に雪が多かった。しかも、豪雪地帯と言われるようなところではない場所で、雪が異様に降った。その雪下ろしの困難で、一人住まいの老人が音を上げていた。

地方に一人暮らしの老人が多くなるのは、「この地では食っていけない」と思う若い人
間が出て行ってしまうからだ。その結果、農業を初めとする日本の第一次産業は高齢者が支えている――だからこそなのかもしれない、「そんなものは切り捨てて、日本は工業製品の輸出で生き延びるのだ。TPPに参加するのだ」という発想に、簡単に傾いてしまう。でも、それを可能にする電力というエネルギーは、もうそう簡単に手に入らないのだ。【中略】「東京に電気を送っているだけでこんな被害に遭うなんて」と言う、原発事故で避難を強いられた地域住民の声は、福島だけのものではないのかもしれないのだ。

こういう考え方はあまりしないかもしれないが、原発事故の避難地域の問題で繰り返される「半径二十キロメートル圏内」だが、東京の日本橋辺にコンパスの針を刺して半径二十キロメートルの円を描くと、東京二十三区はその中にすっぽり収まってしまう。「半径二十キロメートル圏内」というのはその程度の広さであり狭さであり、そんなところに日本の人口の十分の一近くが集まっているのが東京だ。【中略】

都市が進化の象徴で、文明発展のバロメーターであるような時代はもう終わった。そういうことは、中国とかドバイとかに任せておけばいいのだ。東日本大震災の復興は、今までぞんざいに扱われてきた地方の、第一次産業を基盤とする地域の、高齢化が進み、不景気が深刻でもあるような地域の復興で、今までの復興とは質が違うのだ。【中略】東日本大震災後の復興は、あまり我々の経験したことのない「地方の復興」なのだ。こんな言い方をすればいやがる人はいくらでもいるだろうが、復興に要する資金をいくら投入しても、ペイするかどうか分からない地域の復興なのだ。

そうした地域の復興を、おそらく国は、これまで本気になって考えなかった。補助金を投入する、あるいは原発を造って助成金を与えるというようなことをした。そういうことをしても無駄だということは、もうはっきりしている。「地方は地方で生きて行ける」――このあり方を前提に置いて「日本全体の再構成」を頭に入れてからでないと、今度の大震災からの復興はナンセンスになってしまうと思う。

地方が不景気で泣かないように、第一次産業を中心とした産業の活性化を図る。高齢化と過疎で地域が衰弱しないように、若い人間の定住が可能になるようにする。言ってみれば、これだけの簡単なことだが、既存のあり方をベースにして考えるだけでは、たかがこれだけのことが実行できない。「それはどうすれば可能になるのだろうか?」ということを、村おこし、地域おこしのレベルで考えてもどうにもならない――それを考えることはもちろん必要だが、「日本全体の再構成」という大きな考え方がなかったら無理だろう。【中略】日本の困難と言うのは、二酸化炭素の排出量を減らし、原発を造って電力供給を増やすことをせず、それでも「工業国」として成り立っていて、第一次産業とのバランスが取れていて、国土が荒廃せずにあるという、近代以降、世界のどこの国でもやったことがないことを実現させる――それ以外に復興の道はないということだ。【略】』

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