個人的には自分自身が姓が変わることに違和感を持ち、「鈴木辰徳」で世間的には通しているので、女房が変えたくない!、ってことはよくわかり、まぁいいかなと。
人とは違うことをやっていることは理解しているので、みなさん是非!、とは全然思いませんが、こんな夫婦、家族も良しとしてほしいなぁ、と思うのです。
あくまで「選択的夫婦別姓制度」であり、姓を一緒にするか、別にするかは選択制であり、大多数の方は今まで通り同一の姓にするかと思います。
実際、朝日新聞社が7、8両日に実施した全国世論調査(電話)によると、法律を改正し、同姓か別姓かを自由に選べるようにする選択的夫婦別姓制度に「賛成」は52%で、「反対」の34%を上回っています。
http://www.asahi.com/articles/ASHC97592HC9UZPS006.html
その一方、仮にいまから同姓か別姓かを選べるとしたら、どちらを選びたいと思うか尋ねると、全体では「夫婦で同じ名字」が78%、「夫婦で別々の名字」が11%となっており、年代によってもずい分反応が違います。
問題は、別々の姓を選択したくてもできないという点です。
先進国でいうと、別姓を選択できないのは日本くらいで、アメリカやヨーロッパ各国は「姓は選択できる」のが当り前になってきています。(欧米ではミドルネームという手もあります。)
自分の姓(生)を選択させてもらえるとうれしいです、って話です。
親と子供が違う姓になるのは子供がかわいそうだ、家族制度の崩壊になる、といった方もいらっしゃいますが、幼心に「そういうもん」だと思えばそんなに違和感はないんだなと我が子たちを見て思います。
実際、事実婚で通され、兄弟間で違う姓をつけたご家族では、子供たちはそれぞれの苗字で良しとしているみたいです。
小さいころから両親が同じ苗字が当たり前だった子が、急にどちらかの姓が変わるとある程度混乱するとは思います。
ただ何を「当たり前」と思うかどうかってだけの話で、「人によって当たり前が変わる」ってことをある程度の歳で学べば理解できることかとも思います。
家族内に愛情があるかどうかが第一で、姓が一緒かどうかはまた別の話やと思うのです。現状だって、子供が結婚して姓が変わっても親子は親子ですし、孫は孫です。
というわけで、我が家は別姓ですが、我ながらなかなかの幸せ家族だと思っています。
常連さんは、店頭での子供たちの様子や、週刊すず辰の「こぼれ話」等での家族の様子を読んでいただいていますが、いかがでしょうか。
ずい分長くなりました。
周りに「別姓」を言い出す方がいましたら、温かく見守っていただければ幸いです。
(覚悟を問う、という意味であえて反対するという手もありますが。実際我が父は当初大反対。今も少しは理解しつつ、納得はいってないと思います。これ読んだら怒るかな?)
【せっかくなので、結婚している男性の皆さんへ】
試しに奥さんの姓(苗字)に変えた名前を、声に出してフルネームでつぶやいてみてください。
もしかしたら、それが結婚した後のあなただったかもしれません。
その名前を聞いて、誰やそれ、とか、なんか気持ち悪いなと思ったら、そう思っている(いた)人が少なからずいるってことです。
気にならん人ももちろんいるでしょうけど。
最後にクルム伊達公子さんのお話を。
http://www.asahi.com/articles/ASHD863T5HD8UPQJ00V.html
(一部抜粋します)
『うちの両親は、嫁いだら姓も相手にきっちり合わせるという古風な考え方。私も小さい頃から、結婚相手の姓に変わるのが待ち遠しいと思っていました。区役所では「6カ月で考えて決めてください」と。クルムを選び、印鑑も「クルム公子」で作りました。「クルムさーん」と呼ばれることが新鮮でしたね。
でも、しばらくして寂しさがすごく湧いてきました。伊達公子の伊達がなくなる。名乗れなくなる。そのことに喪失感を感じたんです。自分でもびっくりしました。』
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